「ユリイカ」のミュシャ特集




本屋さんの雑誌コーナーで可憐で華麗なアルフォンス・ミュシャの絵が目にとまって手に取ってみると、「ユリイカ」の2009年9月号、表紙には「アルフォンス・ミュシャ 没後70年記念特集」とありました。






「ユリイカ」という雑誌をよく読んでいたのは学生の頃のことで、気になる特集が予告されていれば発売を待って本屋さんをチェックしたり、さかのぼって1970年代の古本を漁って買い集めたりしたものです。

そういえば、20代の後半の数年間、毎日通っていた神田神保町の仕事場が「ユリイカ」編集部のある青土社のすぐご近所にあって、特に関わりはなかったけれど、当時フリーペーパー文化誌「献血劇場」の編集発行にいそしんでいたぼくがなんとなく勝手に親近感を覚えていたのも、なつかしく思い出されてきました。


先日「美術手帖の伊勢神宮特集」で取り上げた「美術手帖」もそうでしたが、もうずっと長い間遠ざかっていて、これも手に取ってみたのは10年ぶりくらいのこと。

近頃は時おり表紙を見かけてもアニメやコミックやゲームといったサブカルチャー方面の特集ばかりが目について、健在なのはうれしいけれど、かつての「詩と批評」の雑誌「ユリイカ」とはずいぶん変わってしまったんだなあ、という複雑な気持ちだったのです。

思い返してみると、シュールレアリスムやアルチュール・ランボーなどがよく特集されていた昔の「ユリイカ」で、時おりポップ・ミュージックのことが特集されていたりすると、それはサブカルチャーというよりもカウンター・カルチャーという感じがして、刺激的な気分があったような気がします。

そして、久々に手にした「ユリイカ」で特集されていたのが、アルフォンス・ミュシャ。

この19世紀末アールヌーボーを代表する画家のことについては、「アルフォンス・マリア・ミュシャと『日本無罪』の系譜」のページで、ぼくがイラストを描いた「日本無罪~パール判事トリビュートTシャツ」と絡めて記しておいたことがありました。

「ユリイカ」の版元である青土社は、かつて海野弘の「日本のアール・ヌーヴォー (1978年)」なども刊行していて、まだ美術史の中で傍系に位置づけられていたウイリアム・ブレイクからラファエル前派を経てアールヌーボーへ、さらには日本の近代抒情画へ連なる系譜に光を当てるのに、ある役割を果たした出版社であったと思います。

それから時が流れて、ミュシャの絵がひところは缶コーヒーのパッケージにまでなって巷にあふれかえり、一昔前のサブカルチャーがいまやメインのような扱いを受けるこのご時世になって、なんだか隔世の感があるのを否めません。

そんな中であえて特集されるアルフォンス・ミュシャというイコンが、なんだか妙に新鮮に思えてしまったのです。


パール判事トリビュート・イラストレーション



たとえばほんの数年前、「麻生太郎や安倍晋三のような保守政治家が政権をとることができたなら日本は変わるだろうか?」という夢が描かれた時代がありました。けれどあっけなく夢は終わって、権力はまたしても移ろっていこうとしています。

けれどぼくははじめからカウンター・カルチャーの側に立つ人間なので、少しも心細くはありません。

ぼくが好きだったポップ・ミュージックも、アール・ヌーボーのイラストレーションも、あるいは「パール判事の日本無罪論」も、もともと支配的な潮流へのカウンターとして存在していたのですから。





[あとで読む] 






この記事へのトラックバック