チェルシー・ガールのウインター・ソング - ニコ








数日前に、BSでフェデリコ・フェリーニの映画「甘い生活」を放送するというので、「道」がいちばんのお気に入りのわが家でもこれはぜひ観てみようと言ってチャンネルをあわせていましたが、眠くて眠くて寝てしまい、ようやく最後の方で目が覚めて、ニコが端役で出演しているシーンを見ることができました。

そして今夜、同じくBSで放映されて観てみたのは、1993年のヴェルヴェット・アンダーグラウンド再結成ライブの時の映像"Velvet Redux: Live Mcmxciii"。

アンディ・ウォーホルの追悼盤「ソングス・フォー・ドレラ」での共演を機にルー・リードとジョン・ケイルが再会した流れから実現した再結成が行われた当時、ずっと1970年の"Live at Max's Kansas City"に収められた粗悪な音質のライブなどを愛聴しながら、まさに「伝説の」グループとしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドを想い続けてきた幻想のベールが剥がされてしまった気がして、なんとも微妙な気持ちになってしまったことを、久しぶりに思い出してしまいました。

近頃では名盤中の名盤「ベルリン」の再現ライブであまりにもすばらしい世界を再現してみせてくれたり、そうかと思えば、「南京」についての出鱈目な反日プロパガンダ映画に曲を提供などという汚点を残してしまったりと、ルー・リードについてはいまだにあれこれ思うところがありすぎるのですが、それについてはまたあらためて書いてみたいと思っています。


ぼくがいま思うのは、この再結成のステージに立つことはなかったニコのこと。

たまたまラジオで「ホワイト・ライト・ホワイト・ヒート」を聴いてしまい、すぐにレコード屋さんに行って、あの今世紀指折りの名作ファースト・アルバムのLPを買ってきて、アンディ・ウォーホルのプリントしたバナナのシールを胸ときめかせながらそっとめくってみた時のことは「雨の日の女・その30」にも書きましたが、高校生のぼくはすぐにその「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ」に収められた3曲の彼女の歌のあまりにも不思議な感触のとりこになってしまったものです。

1988年の3月には、ジョン・ケイルと一緒に来日して歌ったニコ。ぼくはそのライブを観ることはできませんでしたが、ジョンはニコと同じステージに立つのを拒んだために共演は実現しなかったというレポートを「ミュージック・マガジン」で読んで、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの再結成なんて夢のまた夢なんだろうな、と思ったことを憶えています。

ニコがスペインのイビサ島で死亡、という小さな訃報の記事を同じく「ミュージック・マガジン」に見つけてしまったのは、その数ヶ月後のことでした。


いくつかの独特の重い歌声を響かせるソロ・アルバムを、20代の初めのころにはよく聴いたものですが、いまでもたまに聴きたくなるのは、憂いをおびながらもさらりとした抒情性が感じられる軽やかなフォーク・ロック調の1968年作品「チェルシー・ガールズ」です。


ニコ/チェルシー・ガール(紙ジャケット仕様)



ボブ・ディランが彼女のために書いたという「アイル・キープ・イット・ウィズ・マイン」などもとてもいい。

けれどいまは、なんとなく「ウインター・ソング」あたりを聴いてみたい気分です。











[あとで読む] 





この記事へのトラックバック