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みんなの「読書」ブログ


「万年少女人形館」作品集

2012/05/04 17:34

「万年少女人形館」作品集




ガラスのひとみのお人形。
お菓子のようなブローチ。
その世界に触れたみんなの心をとらえてはなさないまま、
2011年晩秋 安らかな眠りについた葉子の作品集。
愛おしさをこめて、文庫サイズのかわいらしい本ができあがりました。

「万年少女人形館」作品集



memorial photo book
万年少女人形館 作品集
人形と小物 葉子
写真と構成 稲村光男
発行元 点滴堂




24枚の写真がポストカード仕様になったA6サイズ(10.5cm×15cm)
48ページ フルカラー カバーつき 定価 1600円




お求めは下記のお取扱店にて。

♦大阪 中崎町・乙女屋
http://www.otomeya.net/

♦京都 上京区・スクワール/眠れる森
http://www.kyoto.zaq.ne.jp/squirrel/

♦東京 国立・SERAPHIM
http://www.k-seraphim.com/

♦東京 小平・コトリ花店
http://www.haljion.com/

♦東京 高円寺・Too-ticki
http://www.koenji.info/04_hobby/goods/tooticki.html

♦東京 下北沢・ギャラリー無寸草とづづ
http://www7a.biglobe.ne.jp/~musunso/

♦東京 下北沢・もくようかん
http://www.mokuyohkan.co.jp/





★通信販売について

下記のweb-shopにてお求めいただけます。

♦乙女屋
http://www.otomeya.net/

♦SERAPHIM
http://www.k-seraphim.com/





ひとりでも多くの方に手にとっていただけたなら、しあわせに思います。

mitsuo inamura




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アリス チェスタートン 柳田國男

2010/06/15 02:15




また「アリス」の絵を描いてみよう。

そう思って、参考にと昔の「別冊 現代詩手帖」ルイス・キャロル特集号を書棚から出してきたら、ギルバート・キース・チェスタートンの評論「ノンセンスの擁護」に読み耽ってしまい、絵はちっとも進まなくなってしまいました。


「別冊 現代詩手帖」ルイス・キャロル特集号



「別冊 現代詩手帖」ルイス・キャロル特集号は、1970年代の「不思議の国のアリス」再評価のムーブメントの中心となった1冊。

むかし読んだときはよくわからなかったけれど、そこに収められた「ノンセンスの擁護」のチェスタートンの文章力があまりにもすごすぎて、すっかり幻惑されてしまったのです。


われらの住まうこの薄明の世界をいかに受けとるべきか。これには永遠に拮抗する二つの見方があろう。
つまり、夕暮の薄明と見るか、朝まだきの薄明と見るかだ。
…(中略)…
「人間とは、あらゆる時代の末端の相続人」なり、と思い知るのが人間のためになることは、大方の認めるところだ。
それほど一般受けはしないけれど、劣らず重要なのは、こう思い知ることだ。
---人間とは先祖、それもあらゆる時代を遡った始源の昔に位置する先祖なり、と。
これまた人間にとって良い薬である。
もしかしたら自分は英雄ではないのかと思いを馳せ、ひょっとしたら自分は太陽神話ではないのかといぶかって心高まる思いを味わう、人間たるものそうあってしかるべきであろう。


このおそるべき文体によく似た何かを、他にもどこかで読んだことがあるような気がする。

そう思って記憶をたどってみて、初期の柳田國男のつぎのような文章に思い当たりました。


小生は以前苅田嶽に登りて天道の威力に戦慄し、鵜戸の神窟に詣でて海童の宮近しと感じ、木曾の檜原の風の音を聞きて、昔岩角に馬蹄を轟かせて狩をせしは自分なりしように思い候ひし、あの折の心持ちを成るべく甦らせて昔のことを攻究致し候ひしかば、…(中略)…猶不可測に対する畏怖と悃情とを抱くことを得候ひき。


名著「遠野物語」と同じ明治43年に上梓された、黎明期の日本民俗学の重要な文献「石神問答」の中の一節です。

たしかに、ここには「ひょっとしたら自分は太陽神話ではないのか」という思いにとらわれた一人の詩人の昂揚するたましいがありました。


現在も読み継がれる推理小説「ブラウン神父」シリーズの作者でもあり、英国保守思想のイデオローグとしても知られるG.K.チェスタートンと、わが柳田國男とは1歳違いの同時代人。

その影響関係のことについて誰かが言及していたはず、と思って検索してみたのですがすぐにはそれらしいコンテンツが見つからず、そのかわり自分が昔綴った文章が出てきてしまいました。


【薬箱手帖】 クマグスとキンクス
http://timeandlove.at.webry.info/200904/article_1.html


この中で、ぼくは次のようなチェスタートンの一節を引用しています。


民主主義、民主主義と言うが、生きている人だけが票で決めるのである。 これは仕方ないかもしれないが、我々は、我々の先祖という死者を抱えている。 死者の意見もやはり聞かなくてはならない






チェスタートンの名著「正統とは何か」の核心となる、「死者の民主主義」の思想。


伝統とは、あらゆる階級のうち最も陽の目を見ぬ階級に、つまり我らが祖先に、投票権を与えることを意味する。
死者の民主主義なのだ。
単にたまたま今生きて動いてるというだけで、今の人間が投票権を独占するなどというのは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何ものでもない。
伝統はこれに屈服することを許さない。


これとぴったり重なり合う提言が、やはり若き日の柳田國男が農商務省のエリート官僚として記述した「時代ト農政」という著作に見られることにひどく興味をおぼえて、ずっと前にもこの二人のつながりについて考えてみたことがあったのを思い出しました。


国家ハ現在生活スル国民ノミヲ以テ構成ストハ云ヒ難シ、死シ去リタル我々ノ祖先モ国民ナリ、其希望モ容レサルヘカラス、国家ハ永遠ノモノナレハ、将来生レ出ツヘキ我々ノ子孫モ国民ナリ、其利益モ保護セサルヘカラス。



陳腐で凡庸で過酷で抑圧的な民主主義が支配するこの世界において、祖先を国家共同体の構成員としてカウントしてみせるという反近代的考察。

まるで華麗な反則技のようにすばらしいこのアイディアが二人に共通して見られるのは、影響関係というよりはむしろシンクロニシティではないかと思われます。

それは保守主義というカテゴライズでとらえるよりもむしろ、気が遠くなりそうなくらい壮大なロマンティシズムと受けとめるべき心性なのかもしれません。


ギルバート・キース・チェスタートン 正気と狂気の間―社会・政治論


バーナード・ショーやH・G・ウェルズらの進歩主義と敵対したチェスタートン。

田山花袋や島崎藤村の自然主義と袂を袂を分かった柳田國男。

そしてそれよりもさらに興味深いのは、この思想の上に立つチェスタートンがその価値を見いだして擁護を宣言してみせたのがエドワード・リアの詩やルイス・キャロルの童話といったノンセンス文学であり、柳田國男が「願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」と宣言して格調高く書き綴ったのが顧みられることなく忘れ去られようとしていた民間伝承の世界の叙述であったということ。


「遠野物語」とは、明治末年の日本で、類いまれな知性と感性を抱えて歌に別れを告げたばかりの抒情詩人が出会ったアリスの不思議の国の物語だったのかもしれない。

もしくは、アリスという少女は英国ヴィクトリア朝の論理学者の目の前にあらわれた一人の座敷童子であったのかもしれません。



悪気はないのだが、ものごとの論理的側面を研究しただけで「信仰なんてノンセンスだ」と断言した人がいる。
自分がどんなに深い真実を語ったか、御本人は御存知ないのだ。
まあ、時いたれば、同じ言葉がひとひねりされて、彼の脳裏に甦るかもしれぬ
---ノンセンスとは、信仰だ、と。



2010年6月14日は、「遠野物語」はわずか350部の自費出版で刊行されてからちょうど100年の日。

偶然ですが、この日はギルバート・キース・チェスタートンの祥月命日でもありました。








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柳田國男「遠野物語」の100年

2010/06/04 08:02



2010年6月、柳田國男の最も有名な著書「遠野物語」が刊行されてからちょうど100年。

明治43年6月、自費出版でわずか350部ほどが刷られたというこのささやかな東北の小都市の説話集が、柳田國男という近代日本を代表する知の巨人の原点となり、日本民俗学はもとより、この1世紀にわたって思想・文学の世界にどれほどの影響をおよぼしたことか。

そしてぼく個人も、もしこの一冊との出会いがなかったら、などということがもう想像することさえできそうにありません。


遠野物語・山の人生 (岩波文庫)




「遠野物語」についてはもう10年以上前、すでにフリーペーパー文化誌「献血劇場」誌上に連載していた「雨の日の女」で取り上げたことがありました。

「雨の日の女」その29 柳田國男「遠野物語」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kenketsu/rainyday_29.html

そのときも触れたように、ぼくにとって最初の「遠野物語」との出会いはたしか学校の国語の教科書で、次の一話だったと記憶しています。



小国(をぐに)の三浦某といふは村一の金持なり。
今より二、三代前の主人、まだ家は貧しくして、妻は少しく魯鈍(ろどん)なりき。
この妻ある日門の前を流るる小さき川に沿ひて蕗(ふき)を採りに入りしに、よき物少なければしだいに谷奥深く登りたり。
さてふと見れば立派なる黒き門の家あり。
いぶかしけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き鶏多く遊べり。その庭を裏の方へ廻れば、牛小屋ありて牛多くをり、馬舎ありて馬多くをれども、いつかうに人はをらず。つひに玄関より上りたるに、その次の間には朱と黒との膳椀(ぜんわん)をあまた取り出したり。
奥の座敷には火鉢ありて鉄瓶の湯のたぎれるを見たり。
されどもつひに人影なければ、もしや山男の家ではないかと急に恐ろしくなり、駆け出して家に帰りたり。
この事を人に語れども実(まこと)と思ふ者もなかりしが、またある日わが家のカドに出でて物を洗ひてありしに、川上より赤き椀一つ流れて来たり。
あまり美しければ拾い上げたれど、これを食器に用ゐたらば汚しと人に叱られんかと思ひ、ケセネギツの中に置きてケセネを量る器となしたり。
しかるにこの器にて量り始めてより、いつまで経ちてもケセネ尽きず。
家の者もこれを怪しみて女に問ひたるとき、始めて川より拾い上げし由をば語りぬ。
この家はこれより幸福に向かひ、つひに今の三浦家となれり。遠野にては山中の不思議なる家をマヨヒガといふ。
マヨヒガに行き当たりたる者は、必ずその家の内の什器家畜何にてもあれ持ち出でて来べきものなり。その人に授けんがためにかかる家をば見するなり。
女が無慾にて何物をも盗み来ざりしがゆゑに、この椀みづから流れて来たりしなるべしといへり。



ここに描写されている光景が、子供心に何故か異様に印象に残ってしまったこと。

それがすべてのはじまりだったのですが、同じ頃、また別の本で読んだ一節がどこかこれと通じるような気がして、記憶に刻みこまれています。



故、避追はえて、出雲国の肥上河上なる鳥髪の地に降りましき。此の時に、箸其の河より流れ下りき。
ここに、須佐之男命、其の河上に人有りと以為して、尋ね覓ぎ上り往かししかば、老夫と老女と二人在りて、童女を中に置ゑて泣くなり。
爾、「汝等は誰そ。」と問ひ賜へば、其老夫答へて言しけらく、「僕は国神大山上津見神の子なり。僕の名は足上名椎と謂し、妻の名は手上名椎と謂し、女の名は櫛名田比売と謂す。」と、まをしき。



古事記 (岩波文庫)


「古事記」上巻、八岐大蛇退治の序章です。

天津罪を負って高天原を追放された須佐之男命。
とりかえしのつかない喪失感を抱えてたたずむ川辺に流れてきた箸。
上には人がいる、という圧倒的な孤独の中の一縷の希望。
分け入った山の中で出会った老夫婦と少女。

数ある名場面に彩られた日本神話のなかでも、思い返すたびに心の襞に深く深くしみこんでくるような気がしてしまうこの情景を、ぼくは偏愛せずにいられません。

そしてそんな感覚が、「遠野物語」のマヨヒガを読んだ時のそれと重なり合うような気がする。

それはまた、歌の別れを決意し自然主義の勃興する中央文壇から放逐され、辺境の地に息づいていた物語に出会って「其の河上に人有り」と感じたままにこの書を綴った柳田國男、かつての抒情詩人松岡國男その人の姿が須佐之男命に連なる「流され王」の系譜に重なるということかもしれません。

ようするに、ぼくにとっての「遠野物語」は近代日本文学が生んだ「神話」だったのです。


年表をひもとくと、1910年は日韓併合の年。そして「遠野物語」が出版された6月は、大逆事件で幸徳秋水らが検挙された月。

そんな政治と社会の情勢の中で、その序文で「要するにこの書は現在の事実なり」 と宣言した「遠野物語」という神話。

そしてもうひとつ、1910年と聞いて思い起こされるのは、地球がハレー彗星の尾の中を通過するということで、世界の終末までが取り沙汰されたというおはなしです。

76年周期で太陽をめぐるハレー彗星が次に観測された1986年、中学生だったぼくも夜ごと望遠鏡をのぞいてその光芒をながめたものでしたが、そのころには前回のハレー彗星騒動を記憶しているという老人も多く存命していました。

それから、太陽系の彼方へ去ったハレー彗星がさらにその軌道を3分の1めぐったはずの今、あのときの老人たちもほとんどはもうこの世にいないはず。

「神話」との距離を測るのはむずかしい。それで「遠野物語」刊行から100年ということを考えてみても、その時間のパースペクティヴは奇妙に歪んだものに見えてしまいます。

最近、「21世紀になってみると柳田はあまりにも官僚臭が」云々という批判のような言説を目にしました。

けれどそれはむしろ官僚・体制・国家といったものにアレルギーを示す20世紀後半の一時期に特殊な反応ではないでしょうか?


遠野物語



100年目の今、むずかしいことかもしれないけれど、様々なコンテクストの中で多義的な解釈に耐えうるテクスト、神話としての「遠野物語」との距離をもう一度測り直してみたい。

そのためには、まずぼくらの立ち位置そのものを見つめ直すことから始めなければいけないような気がしています。








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小池玉緒の歌う「人形劇 三国志」のエンディング・テーマと"Runnin' Away"

2010/05/18 21:20



支那文学の四大古典小説のひとつ「三国志演義」は、近年の「レッドクリフ」などを例に出すまでもなく、いまなおさまざまな形で作品化されて続けているわけですが、ぼくにとっての「三国志」は、まず中学生の頃に読んだ吉川英治の小説。


吉川英治 三国志(一) (講談社文庫)吉川英治 三国志(二) (講談社文庫)吉川英治 三国志(三) (講談社文庫)吉川英治 三国志(四) (講談社文庫)吉川英治 三国志(五) (講談社文庫)
吉川英治「三国志」(講談社文庫版) 全5巻



正直言って、個人的にはそのドラマツルギーにそれほど魅了されたわけではなく、吉川英治の作品の中では「宮本武蔵」や「新平家物語」のほうを好んで読み返したものです。

あえて言えば、数々の名場面よりもむしろこの長編小説のプロローグにあたる部分で、後に蜀漢を興し昭烈皇帝となる劉備玄徳が、広大な支那大陸に悠久の年月にわたって降り注ぐ黄砂によって形成された黄色い大地と黄河の流れに思いを馳せる中、その「黄」の色を旗印に遼原の火のように広がっていく黄巾の乱のようすを綴った、叙景と抒情と叙事の交錯する描写のほうが、強く印象に残っています。


そしてこれを読んでいた頃、ちょうどNHKテレビで放映されていたのが、現在もその完成度が高く評価されている名作「人形劇 三国志」でした。



人形劇 三国志 全集 一巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 二巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 三巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 四巻 [DVD]
人形劇 三国志 全集 五巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 六巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 七巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 八巻 [DVD]

人形劇 三国志 全集 九巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十一巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十二巻 [DVD]
人形劇 三国志 全集 十三巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十四巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十五巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十六巻 [DVD]
人形劇 三国志 全集 [DVD] 全16巻



いまでは全16巻のDVDとなって発売され、30年近く昔の作品でありながら絶賛のコメントが寄せられている作品ですが、当時ぼくがこの番組がテレビで放送されるたびにいつもいちばん楽しみだったのは、実はエンドロールの部分だったのです。



人形劇 三国志 エンドロールのテーマソング



吉川英治「三国志」の冒頭をも思わせる、黄味がかった大地を駆ける騎馬の群像。

同じNHKの「シルクロード」の映像を流用して加工したものとのことですが、その画とあわせて流れる歌と音楽が、たまらなくいい。

まるでラブコメのアニメ・ソングのような歌詞のこの歌が、どうしてこんなに感性を揺さぶってくるのだろう?と、我ながら不思議に思っていたものです。

もちろん、ぼくも時代の子なので、当時流行していたYMOを聴いていなかったわけではありません。

けれど、やがてニール・ヤング経由ではっぴいえんどを聴くようになり、そのソロ活動の変転と系譜をたどるようになってから、たまたま再放送で「人形劇 三国志」を見ていて、その音楽のクレジットに「細野晴臣」の名を見つけて、ものすごく納得してしまったのは、それから数年後のことでした。





この「三国志ラブ・テーマ」を歌った小池玉緒という人のことを、すっかり忘れてしまっていましたが、やはりYMOと絡んで「鏡の中の10月」という曲をリリースしていたり、いくつかのテレビCMに出演したりしていたそうです。

そんな彼女の未発表トラックがYou Tubeにあるのを、たまたま大好きなスライ&ザ・ファミリー・ストーンの傑作アルバム「暴動(There's a Riot Goin' On)」の収録曲"Runnin' Away"を探していて、見つけてしまいました。



You Tube 小池玉緒 / ラニン アウェイ (1983)



もとより、このカバー・ヴァージョンの方がいい、などと言うつもりはありません。

というのは、原曲があまりにも最高だからです。





けれど、オリジナルの歯切れがよくキュートで小粋な感じを絶妙にやわらかくアンニュイな雰囲気に傾斜してみせて、独特な雰囲気を作り出すことに成功した佳い出来だと思います。







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小村雪岱の「文学としてのデザイン」 〜北浦和・埼玉県近代美術館の小村雪岱展に寄せて

2010/02/01 04:26



日本人で最もすぐれたグラフィック・デザイナーは?という問いには、まず第一に小村雪岱の名を挙げたいと、ぼくは常々思っていました。

けれど、世間で小村雪岱の名前を耳にすることはほとんどありません。雪岱(せったい)の名の読み方さえ知られていないのではないのでしょうか?

最近では「芸術新潮」2010年02月号で雪岱のことを大特集している、というのでさっそくAmazonで見てみたら、内容説明の欄に「特集・小松雪岱 を知っていますか? 」と、名字をまちがえて記載している有様です。





この誤植はもちろん芸術新潮ではなくAmazonの側の単純なミスですが、そもそも一般誌ではなく芸術雑誌が特集を組むにあたって「知っていますか?」という問いかけから始めなければならないあたり、いかに小村雪岱のすばらしい仕事が忘れ去られているかを物語っていると思われます。

ともあれ、この「芸術新潮」の他にも、少し前には「版画芸術」でも雪岱の特集号が出て、未見ですが「サライ」などでも取り上げられていたそうで、ここへきてようやく小村雪岱の再評価の気運が高まりつつあるもよう。

遅ればせながらではあるけれど、喜ばしいことだと思います。





ぼくが初めて小村雪岱を知ったのは、たしか「芸術生活」という雑誌が1970年代に出版した「さしえの黄金時代」という特集号を古本屋さんで買ってきたとき。

邦枝完二の小説「おせん」の挿画などを見て、ビアズリーにまさるとも劣らないほど暴力的なまでに斬新な画面構成でデザインされた白黒のシンプルな絵に、腰を抜かすほどびっくりしたものでした。

装丁の仕事では、泉鏡花の「日本橋」などが名高く、ぼくは復刻本でしか持っていないこの雪岱装画の鏡花本の初版本は、本物が古書展などに出てもちょっと手のでない高嶺の花で、指をくわえてみていたものです。

先日「新潮文庫のアリス」のページで触れた金子國義先生もやはり小村雪岱をリスペクトしておられて、今では金子先生がデザインを手がけた雪岱画のTシャツなどというものも発売されているようですが、神田神保町のご自身のギャラリー「美術倶楽部ひぐらし」をオープンされたばかりのころお邪魔してみると、この本物の鏡花本が飾ってあるのがまず目にとびこんできて、とてもうらやましく眺めさせていただいたことなども、なつかしく思い出されてきました。


小村雪岱の「青柳」
小村雪岱「青柳」 埼玉県近代美術館所蔵



暴力的なまでに斬新、と先に書きましたが、それと同時になつかしさと気品が同居している不思議な世界。

好きな絵はたくさんありますが、三味線と鼓が置かれた誰もいない部屋が描かれた「青柳」のような作品がとりわけすばらしい。

そういえば、小村雪岱が師事した日本画家・松岡映丘は民俗学者・柳田國男翁の実弟でした。

そんなことから思い出したのですが、子どものころ「遠野物語」を読んで、山奥深く迷い込んでたどりついた「迷い家(マヨヒガ)」で、座敷には綺麗な食器が多数並べ出されており、火鉢の火はついたままで、囲炉裏には沸いたばかりのお湯がかけてある。しかし、人は誰ひとりおらず、呼びかけても応える者はない、といった描写に出会い、何とも言えない不思議な気持ちになったことがあります。

小村雪岱の「青柳」にもどこかその「マヨヒガ」の話と似たような感覚を憶えてしまうのです。

「遠野物語」が民俗資料であると同時に比類なき文学作品であったのと同じように、雪岱の仕事に触れて思うのは「文学としてのデザイン」ということ。


実際に、小村雪岱の文筆の仕事は「日本橋檜物町」という文集にまとめられています。

なかでも、興福寺の阿修羅像と同じ容貌の女に出会った話など、文学作品としても一級品だと思います。

そしてそこに「自分の描く人物に個性はいらない。個性のない仏像のような人物を描きたい」という雪岱の画業の上での思想も織り込まれているのにも、非常に刺激を受けました。





北浦和にある埼玉県近代美術館では、2010年2月14日まで「小村雪岱とその時代 粋でモダンで繊細で」と題した企画展が行われています。

ぼくは以前この埼玉県近代美術館がある北浦和公演のすぐそばで暮らしていたのですが、昔も今も、いつもユニークな企画展を開いている美術館です。

ただし、その「近代美術」という性格上、反近代的な人間であるぼくのような者の琴線に触れる企画は、残念ながらそう多くはありませんでした。

そんな中、小村雪岱の出身地が埼玉県川越市であったという縁から、なつかしいけれどモダンな雪岱の仕事の評価に関してはどこよりも熱心で、「青柳」をはじめとする雪岱画の多くも所蔵されていることが、ぼくにとってはこの美術館のいちばんの目玉だったのです。


埼玉県近代美術館 「小村雪岱とその時代」展
埼玉県近代美術館 「小村雪岱とその時代」



今回の「小村雪岱とその時代」展も、力が入っていないわけはありません。

この機会にぜひ多くの方に、小村雪岱の「文学としてのデザイン」の世界に触れてみてほしいと思います。







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2009年のふたご座流星群

2009/12/15 03:06



ふたご座流星群がピークをむかえる夜更け、今年は月もなく条件がいいというので、ちょっとだけ寒さをこらえて外に出て、いくつかの流れ星を見ました。

いまから4半世紀も前になってしまいますが、中学生の頃はわざわざ日本流星協会から取り寄せた星図や観測用紙などを携えて、この流星群を観測してみたものです。

厳寒の中で何時間も夜空にむかっていたそのころでも見たことがなかったような、くっきりとした流星痕を残す鮮やかな火球も、今夜はほんのひとときの間に見ることができました。


ふたご座



まるでギリシャ神話の双子の兄弟が、小さな弓できまぐれに放った矢のように、ぽろりと星空から抜け落ちる。そんな情緒のあるこの流星群の流れ星を、とてもなつかしく眺めました。





最近は、野尻抱影翁の星の本などを読み返したりしています。







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日本無罪モラトリアム Wikipediaのパール判事

2009/12/07 03:56



久しぶりに「パール判事の日本無罪論」のおはなしを書きます。


「日本無罪Tシャツ」と「共同研究 パル判決書」上下巻



今年の5月に発売した「日本無罪〜パール判事トリビュートTシャツ」は、これまで東京裁判のことなどにまったく無関心だった方にも思いのほかご好評いただいているようで、先日の「26人のマトリョーシカ展」でご一緒した方からも「あのミュシャ風のイラストも稲村さんの作品ですよね」とお声をかけていただきました。

そんなふうにして、Tシャツのデザインをきっかけにはじめてパール判事のことに関心を持たれた方に、「日本無罪論」の内容を知っていただくためにはどうしたらいいだろう?ということは、この作品を手がけた当初から案じていたことでした。

本来は、いまでは全国の本屋さんで容易に入手できるようになった小学館文庫版「パール判事の日本無罪論」をご一読いただきたいところなのですが、一言で言ってパール判事とは?日本無罪論とは?という問いに、いちばん簡単に応えてくれるのは、やはりウィキペディアあたりをを参照することになるでしょう。

ところが、今年2009年の夏までウィキペディアの「パール判事の日本無罪論」の頁の記述は、次のようなものでした。



『パール判事の日本無罪論』(パールはんじのにほんむざいろん)は東京裁判の判事の中で唯一日本の無罪を主張したラダ・ビノード・パールの意見について解説した田中正明の著書である。ISBN 978-4094025064

同著によれば東京裁判は国際法ではなく事後法により裁かれた戦勝国によるリンチと変わらない裁判であり、裁判そのものが無効であるという。

なお田中は、パール博士が南京大虐殺をあたかも全否定したかのように書いているが、実際には松井石根に無罪を判決したに過ぎず、南京事件自体は事実と認定している。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「パール判事の日本無罪論」2009年6月2日 (火) 15:17





はじめの2段落はよくその内容を要約しています。けれど問題は下線を施した3段落目で、この頁をまったく意味不明なものにしてしまっていて、「パール判事の日本無罪論」て何?という疑問にこの頁を開いた方は混乱してしまうにちがいありません。

なぜ、その疑問に対する答えの3分の1が、誰も訊いてもいない南京大虐殺などの話にすりかえられてしまっているのか?

そもそも、この文章ではフリー百科事典としてのウィキペディアの機能を果たしているとは言えず、その信頼性に疑問を持たれてもしかたがないのではないでしょうか?

その背景にはいわゆる「南京大虐殺」はまぼろしか否かをめぐっての論争があり、そしてそれに「パール判事の日本無罪論」の著者・田中正明氏が南京大虐殺の否定論者の急先鋒として活動されていたことを結びつけ、パール判決書全体の意味するものを不明確なものにしようという意図すら感じられてしまうのです。

これがようやく、今年の8月になって(不適切箇所の削除、内容についての解説の加筆)が施され、次の記述に改訂されました。



『パール判事の日本無罪論』(パールはんじのにほんむざいろん)は東京裁判の判事の中で唯一日本の無罪を主張したラダ・ビノード・パールの意見について解説した田中正明の著書である。ISBN 978-4094025064

同著によれば東京裁判は国際法ではなく事後法により裁かれた戦勝国によるリンチと変わらない裁判であり、裁判そのものが無効であるという。

その他にも、インド独立時の逸話や東京裁判に対する著名人の意見等が巻末に載せられている。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「パール判事の日本無罪論」2009年8月10日 (月) 08:47





ここにいたってようやく、「パール判事の日本無罪論」とは何かを知りたいという要求に応える文章になりました。改訂に尽力された方に敬意を表し、感謝したいと思います。


これまでに、朝日新聞のようなマスメディアが必ずしも信頼に値しないということはもう嫌というほど思い知らされ、メディア・リテラシーの必要性を痛感してきましたが、未だモラトリアムの中で玉石混淆のままうごめいているネット上での情報から知識を得る上でも、それに劣らず気をつけなければならないようです。


「日本無罪Tシャツ」と「共同研究 パル判決書」上下巻



パール判事の判決書については、田中正明氏の著書ばかりではなく、「日本無罪論」否定論者によって解説が付されて刊行されてしまっていることで、またしても半ば意味不明なものに編纂されてしまっている講談社学術文庫版の全訳「共同研究 パル判決書」上下巻も、繰り返し読んでみました。

けれどやはり、この膨大な判決書のなかで、パール判事が南京事件を認めたとされるただ一カ所の記述は、前後の文脈にあてはめてみてあまりにも不可解なものです。

参考までに、同じくウィキペディアの「ラダ・ビノード・パール」の頁には、次のように記載されています。



南京大虐殺(南京事件)については「すでに本官が指摘したようにこの物語の全部を受け入れる事は、 いささか困難である」と、検察の提示した十数万から数十万もの大虐殺とする証言や証拠に強い疑問を呈し「宣伝と誇張をできるかぎり斟酌しても、なお残虐行為は日本軍がその占領したある地域の一般民衆、はたまた戦時俘虜に対し犯したものであるという証拠は、圧倒的である」(パル判決書下566頁)と、犯罪行為その物は存在したと判断を下し「弁護側は、南京において残虐行為が行われたとの事実を否定しなかった。彼らはたんに誇張されていることを言っているのであり、かつ退却中の中国兵が、相当数残虐を犯したことを暗示したのである」という弁護側の主張を述べる。しかし、それを行った人間は直接の上司と共に既に処罰されている事、「犯罪行為の指示」「故意の無視」といった事実は見受けられないことなどから、被告に繋がる問題ではないとして残虐事件の責任を問われた松井石根に対しても無罪を宣告している。そして米国による原爆投下こそが、国家による非戦闘員の生命財産の無差別破壊としてナチスによるホロコーストに比せる唯一のものであると痛烈に批判した。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 「ラダ・ビノード・パール」2009年10月21日 (水) 20:27





要するに、パール判事は南京での暴虐事件なるものについて、

【1】大虐殺があったとする証言や証拠に強い疑義を持っていた。
【2】その事件が宣伝と誇張、プロパガンダによって捏造された要素を認めていた。

この2点がより重要なことであって、弁護側は事件の有無を争点としていなかったため、事件の事実認定はパール判事の仕事ではなかったのです。

もうひとつ付け加えるならば、立証責任は弁護側にも判事にもなく、告発した側にあるのです。

そして、この判決書の中からは、「犯罪行為その物は存在したと判断を下し」という部分にも一切の根拠を見いだすことができません。

この文脈との齟齬は、日本語の文章としてあまりにおかしい。

あるいは判決書の訳文に不備があるのではないでしょうか?


共同研究 パル判決書 (上) (講談社学術文庫 (623))共同研究 パル判決書 (下) (講談社学術文庫 (624))


いわゆる「南京大虐殺」なるものについては、前に「 『リリー・マルレーン』と南京のまぼろし 」と題して、少しだけふれたことがあります。

国家の犯罪行為の有無の調査と認定などという重要案件は、ぼくらのような草莽の民草ではなく、日本政府が最優先して行ってしかるべきものではありますが、モラトリアムの中で呆けているとしか思えない現在の政権担当者たちには望むべくもありません。

ぼくらがほんとうに真実を知りたいと思うならば、鈴木明氏が「南京大虐殺のまぼろし」を執筆する動機となったところへ立ち戻ってみずから一次史料に当たり、リアルな歴史を探り当てる他に道はないのかもしれないと、ぼくはあらためて痛感しているところなのです。



時が、熱狂と偏見をやわらげたあかつきには、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎとったあかつきには、そのときこそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くにその所を変えることを要求するであろう



その「時」がやってきて、あまりにも不条理なこのモラトリアムが終焉を迎えるまで。


リメンバー・パール判事 - remember justice radhabinod Pal -
http://mitsuoinamura.turukusa.com/pal.html


日本無罪〜パール判事トリビュートTシャツ
http://www.showa-genroku.com/jng/jng.htm








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下北沢のマリア 世田谷区の「ツリー」と「リゾーム」

2009/10/03 16:32



9月の後半は、アンティーク雑貨屋さん「木曜館」クロネコボックスでの葉子の万年少女人形館の展示「にっぽんの子ども展」の準備などで、何度か下北沢へ。

下北沢の駅を南口へ出るちょっと急な階段を下りるときぼくはいつもきまって、後半生をこの街で暮らしたという森茉莉が、よくこの駅ですっ転んだということをどこかのエッセイに書いていたのを思い出してしまいます。





今回も葉子が展示でお世話になった「木曜館」のことは昨年の「二人の季節展」のときも書きましたが、ちょっと前まで道をはさんだその向かいには、昭和12年に建てられ、戦災もくぐり抜けて70年あまりこの街にたたずんできたという古道具「露崎商店」の建物がありました。

けれど老朽化したその建物は今年になってついに立て替えのため取り壊され、今はもうありません。

2009年10月現在、在りし日の風景はまだgoogleのストリートビューで観ることができます。





この建物の脇から二階へ上がって入った喫茶「ミケネコ舎」は、ちょっと離れたところへ移転してスペシャルティコーヒー専門店"COFFEA EXLIBRIS(コフィア エクスリブリス)"として営業されているということで、映画やドラマにも使われたというとても雰囲気のよかった調度品もそちらへ移されているそうです。

COFFEA EXLIBRIS(コフィア エクスリブリス)



かつて骨董品などを商っていた「露崎商店」の二階には古着やアンティークのお店がひしめきあい、手すりに寄りかかるのが怖いような古くて危なげな階段を登ったところにはチラシなどが吊り下げられていて、ぼくもよくそこにお願いして フリーペーパー文化誌「献血劇場」を置いていただいたものでした。

その頃から、入り組んだ下北沢の街をあてどもなくめぐるとき、茶沢通りの「木曜館」と「ミケネコ舎」「露崎商店」の一角はなんとなくひとつのポイントになっていたのに、その風景がきえてしまったことで、なんだか気持ちの上でもぽっかり穴があいてしまったような感じがします。

ぼくは決して常連ではありませんでしたが、9月にはジャズ喫茶「マサコ」も駅再開発のため閉店してしまったりと、このところ急に変わっていく昔なじみの下北沢の街。


たとえば、人口都市と自然都市を区別すると、自然都市は、人口都市のようにそこにある要素がひとつの目的性あるいは意味によって透過的に支配されてない、要素のそれぞれが横断的に交叉するし、不透明な構造をもつ。ブラジリアみたいな人口都市には人は住めない。もちろん、都市である以上、自然都市も作られたものだけれど、そこに決定的なちがいがある。
いわば自然都市は自然言語と同様に、「なる」ものです。一旦人が住めば変えられるでしょう。
そこから考えますと、日本の私小説にせよ、日本の村にせよ、都会にせよ - 世田谷区の道路なんかとくにそうだけど(笑) - リゾーム状です。本居宣長的です。
しかし、それを「つくる」という観点だけで、批判して何になるのか。
むしろトリー状そのものを問題にすべきではないのか。
面白いのは、西洋人の方からトリー型こそ西欧的な知の権力なんだということを言い出してきていることです。
何も向こうからいいだしたから、真似をしているわけではない。
なぜなら、われわれはもう十分に西欧によって汚染させられているのであって、それが何たるかを知るべきだからです。


上に引用したのは「現代日本の思想」と題された1978年の鼎談での柄谷行人の発言で、「自然と作為」=「なる」ものと「つくる」ものを対立させた二元論で本居宣長の国学を否定し、ひいては日本と国家を批判した丸山真男の評価をめぐって、「実感信仰と理論信仰などという粗雑な分類をするような男を、ぼくは思想家とはよばない」と断言し、ドゥルーズ = ガタリの提唱した、トリー(樹木)型の西洋的な知の形態の反対物としてより根源的であるリゾーム(根茎)型という構造を対置してみせた文脈での言葉ですが、「リゾーム状」の好例として世田谷区の道路に言及しているのは、いみじくも言ったものだと思います。





10月1日には、下北沢駅新駅舎の完成予定図というものが発表されたということで、ぼくも一瞥してみました。

平成28年度 (7年後) 完成の駅
こんな感じになるみたい@下北沢

ひとことで言って、「つくる」ことにのみ価値を見いだす進歩的文化人の好きそうな、樹木型の権力構造ばかりが感じられるような気がしてしまいます。

ぼやきと怒りのマリアお婆さんがすってんころりんと転んでいたような下北沢の駅と、リゾーム状にこんがらがった道にそってできた街。ぼくのイメージの中の「下北沢」が地上から永遠に消え去ってしまう日も、そう遠くはないのかもしれません。

変わっていくことはしかたがないし、プロ市民臭い再開発反対運動などに与するのは嫌だけれど、その街の「なる」構造の積み重ねられた歴史の重みを、ぼくは尊重したいと思うのです。







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白土三平 - カムイ伝 〜再開と再会

2009/09/27 23:01



崔洋一監督・宮藤官九郎脚本の映画「カムイ外伝」が松山ケンイチや小雪といったキャスティングで制作されたことには、正直言ってほとんど興味を持てずにいました。

たいていの場合、思い入れの深かった漫画作品が映画化・ドラマ化されても、あまり期待することはありません。

ただ、それとは別に、映画の公開と時を同じくして「ビッグコミック」10月10日号にて『カムイ外伝〜再会〜』の連載が開始、2000年に中断してしまっていた「カムイ伝・第二部」から数えて9年目、「外伝」シリーズとしては22年ぶりの新作発表、というニュースを見て不意を突かれ、急に心臓の鼓動が高鳴るような思いがしてしまったのです。


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「カムイは生涯あなたを刺激する!」というのは、たしかカムイ伝第一部の豪華愛蔵版が刊行された時に小学館が謳ったキャッチコピーだったと記憶します。

実際、ぼくはいつだってその世界にずっと刺激され続けてきました。

最近このブログなどをご覧になってぼくの思想信条をご存知の方には、かつて全共闘世代に支持され、とくに代々木系(民青・共産党)に好まれたとも言われる白土三平のいわゆる「唯物史観漫画」に影響されたということが奇異な感じに思われるかもしれません。

けれど、むかしフリーペーパー文化誌「献血劇場」に連載していた「雨の日の女」でもかなり早い時期に「カムイ伝」を取り上げて、ぼくは柄谷行人の言葉などを引用しながら、ぼくらが目指すものはほんとうの意味での「階級闘争」であって、それは「想像力」の問題だと宣言したのを覚えています。


白土三平「カムイ伝」



60年安保に象徴される政治の季節に大きな影響を与えた貸本漫画「忍者武芸 帳影丸伝」の後を承け、1964年に月間漫画「ガロ」の創刊とともに連載開始、壮大なスケールの長編大河劇画として展開した「カムイ伝」第一部が完結したのは1971年。

「カムイ伝」が三部作の構想で描かれていて、空前の第一部はその序章にしか過ぎなかったことを明かしつつも、翌年の連合赤軍事件もあわせて連想させるかのような、史上まれに見る後味の悪さを残したまま沈黙してしまった白土三平。

そして「カムイ伝」第二部の執筆が開始されたのは、世界的にコミュニズムの退潮が決定的な流れとなった1988年。

左翼方面からは「かつて反体制のヒーローだった草加竜之進らが体制側に取り入り、権力者にすり寄って演じるドラマは退屈で、読むに耐えない」と酷評されているのを見かけたこともありましたが、そもそもこの第二部を熱心に追いかけて読んでいた読者はごく少数だったのかもしれません。

それでもぼくは、この物語の縦横無尽に張りめぐらされた伏線が収拾もつかないほどに拡散し、白土三平翁の生きているうちにこれに決着がつくのは、常に四方を追忍に囲まれている抜忍カムイが天寿を全うするよりも困難なのではないかと思われてなかば呆れ返りながらも、2000年に中絶してしまうまで単行本が出るたびにむさぼるように読みふけるのを楽しみにしていました。


白土三平「カムイ伝」



まずしい社会においては、小さな夢のために、大きなことをしなければならない。我々の祖先も、そして、現代の我々もそのまずしい社会にいきている。そして、この物語の主人公たち……カムイ、正助、竜之進らも、結局、小さなことのために、大きなことをしてきえていったのである。しかし、人びとのあとには、人びとがつづき、そして、今、我々があるのである。

白土三平「カムイ伝」第一部・第三章「剣」




もとより、ぼくが「カムイ伝」に魅かれたのは単なる進歩主義的な反権力の図式などからではなくて、むしろ民俗的実存への想像力、歴史の中に生きるということのアクチュアルな意味を思わせてくれるからでした。

ぼくはもはや生涯そこから逃れることはできないと思います。そしてぼく自身のたたかいもちょうど第二部の途上くらいにあるような気がしているのです。

昭和7年にプロレタリア芸術家・岡本唐貴の子として生まれた白土三平御大は現在77歳。

その胸中でカムイの物語のゆくえはどんなヴィジョンをもって描かれているのか、いまも無限の興味があります。







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「ユリイカ」のミュシャ特集

2009/09/03 00:50



本屋さんの雑誌コーナーで可憐で華麗なアルフォンス・ミュシャの絵が目にとまって手に取ってみると、「ユリイカ」の2009年9月号、表紙には「アルフォンス・ミュシャ 没後70年記念特集」とありました。






「ユリイカ」という雑誌をよく読んでいたのは学生の頃のことで、気になる特集が予告されていれば発売を待って本屋さんをチェックしたり、さかのぼって1970年代の古本を漁って買い集めたりしたものです。

そういえば、20代の後半の数年間、毎日通っていた神田神保町の仕事場が「ユリイカ」編集部のある青土社のすぐご近所にあって、特に関わりはなかったけれど、当時フリーペーパー文化誌「献血劇場」の編集発行にいそしんでいたぼくがなんとなく勝手に親近感を覚えていたのも、なつかしく思い出されてきました。


先日「美術手帖の伊勢神宮特集」で取り上げた「美術手帖」もそうでしたが、もうずっと長い間遠ざかっていて、これも手に取ってみたのは10年ぶりくらいのこと。

近頃は時おり表紙を見かけてもアニメやコミックやゲームといったサブカルチャー方面の特集ばかりが目について、健在なのはうれしいけれど、かつての「詩と批評」の雑誌「ユリイカ」とはずいぶん変わってしまったんだなあ、という複雑な気持ちだったのです。

思い返してみると、シュールレアリスムやアルチュール・ランボーなどがよく特集されていた昔の「ユリイカ」で、時おりポップ・ミュージックのことが特集されていたりすると、それはサブカルチャーというよりもカウンター・カルチャーという感じがして、刺激的な気分があったような気がします。

そして、久々に手にした「ユリイカ」で特集されていたのが、アルフォンス・ミュシャ。

この19世紀末アールヌーボーを代表する画家のことについては、「アルフォンス・マリア・ミュシャと『日本無罪』の系譜」のページで、ぼくがイラストを描いた「日本無罪〜パール判事トリビュートTシャツ」と絡めて記しておいたことがありました。

「ユリイカ」の版元である青土社は、かつて海野弘の「日本のアール・ヌーヴォー (1978年)」なども刊行していて、まだ美術史の中で傍系に位置づけられていたウイリアム・ブレイクからラファエル前派を経てアールヌーボーへ、さらには日本の近代抒情画へ連なる系譜に光を当てるのに、ある役割を果たした出版社であったと思います。

それから時が流れて、ミュシャの絵がひところは缶コーヒーのパッケージにまでなって巷にあふれかえり、一昔前のサブカルチャーがいまやメインのような扱いを受けるこのご時世になって、なんだか隔世の感があるのを否めません。

そんな中であえて特集されるアルフォンス・ミュシャというイコンが、なんだか妙に新鮮に思えてしまったのです。


パール判事トリビュート・イラストレーション



たとえばほんの数年前、「麻生太郎や安倍晋三のような保守政治家が政権をとることができたなら日本は変わるだろうか?」という夢が描かれた時代がありました。けれどあっけなく夢は終わって、権力はまたしても移ろっていこうとしています。

けれどぼくははじめからカウンター・カルチャーの側に立つ人間なので、少しも心細くはありません。

ぼくが好きだったポップ・ミュージックも、アール・ヌーボーのイラストレーションも、あるいは「パール判事の日本無罪論」も、もともと支配的な潮流へのカウンターとして存在していたのですから。





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