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みんなの「音楽」ブログ


ヴァシュティ・バニアン - Just Another Diamond Day

2010/07/29 02:32






ぼくがドノバンやフェアポート・コンヴェンションあたりを糸口に、ペンタングルやスティーライ・スパンといった英国トラッドの香り漂う音楽を好んで聴くようになったのは、1990年代の中頃のことだったと思います。

フリーペーパー「献血劇場」誌上に連載していた「雨の日の女」で柳田國男「遠野物語」を取り上げたときにあえてドノバンのアルバム「HMS DONOVAN」を引き合いに出して語っているように、新しい文学を探すよりも民俗学の世界にのめり込んでいき、それとパラレルにイギリス、あるいはケルト世界のルーツ・ミュージックに魅せられていったのです。

雨の日の女 #29 柳田國男「遠野物語」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kenketsu/rainyday_29.html


ちょうどその頃、たまたまロックダイヴィングマガジンから出た「ラビリンス・英国フォーク・ロックの迷宮」というレコード・ガイドブックを手に入れて、まるで宝物の地図のように読みふけって、お気に入りの音を日々探し続けたものでした。

いまは残念ながらぼくの手元にもなく、すでに絶版になってしまっているようですが、「ラビリンス・英国フォーク・ロックの迷宮」という本はかならずしもトラッド・フォークの専門書ではなく、比較的メジャーなロックやポップスの中にブリティッシュ・トラッドの香りを嗅ぎ付けることができるレコードもたくさん取り上げつつ、独特のユーモアあふれる文でレビューを付していき、いつのまにか数百枚だけ自主制作されたとおぼしきレア・アイテムにまで興味を抱かせてしまうという、文字どおり迷宮への誘いにみちた罪作りな一冊。

幸いぼくはその当時、寸暇を惜しんでにレコード屋さんをめぐって散財することもなく、浴びるように音楽を聴くことができる環境にいたので、興味を持ったレコードは片端から聴いてみたものでしたが、やはり稀少盤などにはそうそうお目にかかれるものではなく、「良さそうだけれど、一生めぐり会うことなんてないかもしれないな」と、あきらめ半分に思っている作品がいくつもあったのです。





ヴァシュティ・バニアンのアルバム「ジャスト・アナザー・ダイアモンド・デイ」も、まさにそんな1枚でした。

なにしろ1970年にリリースされたオリジナル盤はわずか100枚だったとも言われ、もしも売りに出されても目玉がとび出すほどの高嶺の花に決まっているし、そもそも本物のレコードを見る機会さえありそうにない、というまぼろしの代物だったのです。

それがいまではめでたく正規でCD化されて、期待を裏切らない、のどかで牧歌的なようでいて、何とも形容のしがたい独特の歌と音世界の伝説の音源に手軽に触れることができるようになりました。



Vashti Bunyan - Just another diamond day



この作品がきっとステキな1枚に違いない、という予感は、レコード・レビューで絶賛されていることやフェアポート・コンヴェンション関係の人脈などといったことに加えて、このアルバムのジャケットのアート・ワークからも感じられたものでした。

経験から言って、このジャンルのレコードはとりわけ、ジャケットの雰囲気とその内容とがリンクしている確率が高いのですから。

そんなこともあって、このレコードがCDで聴けるようになるのは待ち望まれていたことでしたが、12インチ・サイズのLPで自分のものにできたなら、というのもまた夢だったのです。


さらにその夢の、そのまた夢と思われていた、ヴァシュティ・バニアンの「新作」が届けられるという事件が起ったのは2005年のこと。

スコットランドの牧場に移住して子供を生み育てていたという彼女の、実に35年ぶりの歌声は、これもまた信じられないくらい、何も変わっていなかったかのようにすばらしいものでした。





画家である娘さんに描かせたというこのアルバムのジャケットも、ものすごくステキなできばえ。

ちょっとだけ、ぼくがいま愛用しているトートバッグにプリントされた吉田キミ子さんの描いたうさぎの画に通じるような気もしてしまいます。


吉田キミ子さんのうさぎの画のトートバッグ




2007年には、初期のシングルとレア・トラックを集めた「Some Things Just Stick in You Mind」が発売。

ヴァシュティ・バニアンのデビュー曲がローリング・ストーンズ・ナンバーだったということを話には聴いていましたが、それも耳にすることができるようになり、そのうえ今ではYou Tubeで動画まで見ることができるようになってしまいました。






Vashti Bunyan - Some Things Just Stick In Your Mind (Rolling Stones)



これを聴いて、すぐに思い浮かべるのは同じくジャガー/リチャーズ作品「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」を歌ってデビューしたマリアンヌ・フェイスフルのこと。

イミディエイト・レコード・レーベルをつくってイギリスのフィル・スペクターを目指していたストーンズのマネージャー、アンドリュー・ルーグ・オールダムが、ヴァシュティ・バニアンもマリアンヌと同じようにちょっとフレンチ・ポップ風なウィスパー・ボイスのアイドルとして売り出そうとしていたことがよくわかります。


もしかすると、ヴァシュティ・バニアンはもうひとりのマリアンヌ・フェイスフルだったのかもしれません。

その後に彼女たちのたどった運命はあまりにも違ったものだったけれど、誰も予想もしなかったほど長い年月のあとに、誰も予想できなかったくらいすばらしい作品を産み出してみせた、という点でも共通しています。


ところで、実は先日初めて気がついたのですが、カムバック作「Lookaftering」が発表された2005年、あの「Just Another Diamond Day」のアナログ盤も発売されていて、Amazonで現在も「在庫あり」になっていたことに驚かされました。





ずっと前に叶わないと思っていた夢が、思いもかけず現実になっていた、そんな気持ちです。







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トクマルシューゴ ライブ at 恵比寿リキッドルーム 2010.6.6.

2010/06/12 14:05




トクマルシューゴ PORT ENTROPY TOUR フライヤー



6月6日、ずっと楽しみにしていたトクマルシューゴさんのライブへ、行ってきました。

どのくらい楽しみにしていたかというと、昨年はじめてこの「薬箱手帖」でその音楽について綴ったころから、とにかくライブがすばらしいと聴かされていて、ずっとずっと見てみたいと思い続けていたのです。


【薬箱手帖】 トクマルシューゴ - Rum Hee
http://timeandlove.at.webry.info/200907/article_4.html



ぼくらにはじめてトクマルシューゴのことを教えてくれた人形作家のまなさんと、万年少女人形館の葉子の二人はすでに何度かそのライブを観に行っていて、昨年10月に吉祥寺の老舗銭湯「弁天湯」で行われた「風呂ロック」出演のときも運良くペアで手に入ったチケットを持って二人でお出かけしたのを、ぼくはうらやましく思いながらお留守番していたものでした。

そんなわけで、ニューアルバム「PORT ENTROPY」発売後の全国ツアーのラスト、今回の恵比寿のリキッドルームがぼくにとってははじめてのトクマルシューゴのライブ体験だったのです。


【薬箱手帖】 トクマルシューゴの待望の4thアルバム「PORT ENTROPY」に寄せて
http://timeandlove.at.webry.info/201004/article_8.html



当日は恵比寿にむかう前に、下北沢へ立ち寄って、万年少女人形館の作品を木曜館へ納品するのにおつきあい。
「さくらちゃん」の新作や、このお店でもう何百個も販売していただいてる「うさぎバッジ」を追加でお納めしてきました。





ここで合流したまなさんも、木曜館にステキな作品を出品していました。

下北沢へお立ち寄りの際は、ぜひご覧になってみてください。





3人で恵比寿へ向かう途中、トクマルさんのアルバムの中でどの曲が好き?といった話題になって、どれも捨てがたく「TRACKING ELEVATOR」や「STRAW」といった曲の名前が次々に出ましたが、ぼくは10曲目に収められた一見穏やかな調子の「SUISHA」という曲が妙に気になる、などと話していました。

もちろん、この日のライブをずっと楽しみにしていたのはぼくらばかりではなく、圧倒的な注目を集めてチケットは発売間もなくソールド・アウトとなってしまったと聞いていたので、まなさんのお友達のアキコさんのおかげでチケットを入手できただけでも、とても感謝していました。

ところが、チケットを手に取ってみるとおどろいたことに、整理番号が一桁の数字。思わず目を疑ってしまいました。


トクマルシューゴ ライブ at 恵比寿リキッドルーム 2010.6.6. チケット



会場が開場するのを待ちかねて、さっそく最前列の最高のポジションへ。

ステキな音楽を求めてニューヨークへ、イギリスへと飛び回ってしまうというアキコさんとは、ここでぼくは初めてお会いしました。
トクマルシューゴのこともかなり早い時期から注目されていたそうです。
チケット、ほんとうにありがとうございました。

アキコさんとはみちゃんのユニークな旅の思い出「はみぶろぐ」
http://hamihamihami.blogspot.com/



ライブが始まってみると、meso mesoのyumikoさんはすぐ目の前、3メートルもない至近距離で、スピーカーを通さない生音もしっかり聴こえてきます。

まるで親しい友達の演奏を小さなライブハウスで聴いていると錯覚してしまいそうでしたが、ふと振り返ってみるとリキッドルームははるか後方まで超満員。

とても不思議な気分のまま、これまで動画などを見て期待していたよりもずっと勢いがあってダイナミックな演奏を楽しむことができました。

トクマルさんのギターはもとより、さまざまな楽器を縦横無尽に駆使して組み立てていくアンサンブルのすばらしさ。

とりわけ予想していたよりもはるかにすばらしかったのが、オンで叩きまくる岸田さんのドラムの快感。思いもかけないところで、キース・ムーンのことなど思い出してしまったのです。




ベースラインとオフビートのドラムというポップ・ミュージックの必須アイテムをあえて取り払ってしまったところに生まれた、あくまでもポップでリリカルなみずみずしい音世界。

前にも書いたけれど、「野蛮と洗練を極めた倒錯的世界観」。それがトクマルシューゴの音楽の本質だという予感が当たっていたことを身体で確認できたような気がします。

ライブの中盤、ぼくが気になっていた「SUISHA」の演奏をはじめたトクマルさんはいきなり中断して、「この曲は新しいアルバムに入ってますが、実は9年前に作った曲なんです…。ちょっと言っておきたくて」というようなことをつぶやいてからまた演奏を再会しました。

「10年くらい前」ではなくて、「9年前」に作った曲。

そこにどんな思い入れがあるのかは知る由もありませんが、なんとなく腑に落ちたような思いがしました。

セットリストの詳細などはこちらでご覧いただけます。

【RO69】 2010.06.06 トクマルシューゴ@LIQUIDROOM ebisu
http://ro69.jp/live/detail/35715



ものすごく久しぶりにとてもステキなライブを見た幸せな気分のままわが家に帰って、見つけた動画をひとつ。





ライブを見る前に訪れたばかりの、おなじみの下北沢の街を歩きながら歌うトクマルシューゴとバンドのみなさん。

あれから1週間、まだぼくの耳の中にあのステキな音楽の数々がめぐっています。


シャンソンシゲルさんのイラストTシャツ



開場で購入したシャンソンシゲルさんのイラスト入りTシャツも、すっかりお気に入りになりました。

これから無印良品に行って、CMソングをダウンロードしてみようと思っています。










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Just Another Honky - 車椅子のロニー・レーンの思い出とフェイセズの再結成によせて

2010/05/31 00:24



「フェイセズ、ロッド・スチュワートなしで再結成」という音楽ニュースに、思わず反応してしまいました。

http://www.barks.jp/news/?id=1000061465


フェイセズは、ぼくが17歳のころ世界で2番目に大好きだったバンド。

誤解があるといけないので急いで付け加えておくと、ぼくが17歳のころにはとっくに解散していて、当時国内盤ではもう廃盤となっていたアルバムを輸入盤で買い求めては、ラフでルーズなようで時にたまらなく繊細な表情のアンサンブルを聴かせてくれるそのグルーブ感に、すっかり夢中になってしまっていたのです。



You Tube - The Faces / Stay With Me



そういえば以前、浅川マキの歌について触れたときに「フェイセズのソウルフルな英国の抒情性を愛していた高校生の頃」云々と書きましたが、ぼくが彼女の歌のすばらしさに気づいたのは寺山修司周辺のアングラ歌手としてでも、山下洋輔関連のジャズ・シンガーとしてでもなく、多感な年頃に聴いていたフェイセズやロッド・スチュワートの楽曲の日本的な解釈を通してでした。


それはスポットライトではない - 浅川マキを悼んで
http://timeandlove.at.webry.info/201001/article_5.html


「それはスポットライトではない」というバリー・ゴールドバーグとジェリー・ゴフィンによる楽曲を浅川マキはボビー・ブランドのバージョンからカバーしていて、ほぼ同じ時期にロッド・スチュワートが大ヒット・アルバム「アトランティック・クロッシング」で取り上げたのはまったくの偶然だったそうです。

けれどそんなところにも単なる一方的な影響とかではなく、音楽的に通じ合うものがあったことを感じずにはいられません。

初期の「ガソリン・アレイ」などはまだ向こうの楽曲の翻案、という感じがありますが、「それはスポットライトではない」と同じくアルバム「灯ともし頃」に収められた「ジャスト・アナザー・ホンキー」などは、浅川マキの日本語詩バージョンを聴いて、あらためてこの歌にこめられたやるせない抒情性を思い知らされてしまったものでした。


ウー・ラ・ラ(紙ジャケット)


陽気なようでどこかもの哀しいこの抒情性にみちあふれた曲を作ったのは、ベーシストのロニー・レーン。

スモール・フェイセズではスティーブ・マリオット、そしてフェイセズではロッド・スチュワートの影にあって、一見地味だけれど実にいい仕事をしているロニー・レーンの存在が気になってくるころには、もうすっかりその音楽のとりこになってしまっていたのです。


なかでも、「馬の耳に念仏」という邦題がつけられたセカンド・アルバム"A Nod is As Good As a Wink to a Blind Horse"に収められたロニーが歌う3曲、とりわけ"Debris"という曲が大好きでした。



You Tube - Ronnie Lane and Slim Chance / Debris



馬の耳に念仏(紙ジャケットCD)


フェイセズは17歳のころ世界で2番目に大好きだったバンド、と書きましたが、1番はもちろんローリング・ストーンズで、ぼくがフェイセズの音楽に夢中になったころ、ロン・ウッドはすっかりストーンズのギタリストに収まってしまっていたし、ロッドはソロ・アーティストとして大成功、ブロンドがお好きなスーパースターになってしまっていました。

もし何かの拍子にフェイセズの再結成などがあったとしても、難病に冒されてしまったというロニー・レーンの姿がなかったら寂しすぎるな、などと思っていたのです。

それで、1990年にロニー・レーンがまさかの来日公演が実現したときには驚いて、絶対に見逃すものかと思って川崎のクラブ・チッタへ駆けつけました。

ステージの上でも車椅子に乗ったまま、キーボードにイアン・マクレガンを配したバンドを従えて、ロニー・レーンはほんとうにすばらしい音楽を聴かせてくれました。

そのときのことを思うと、いまでも胸が熱くなるような気がするのです。


ロング・プレイヤー(紙ジャケットCD)


スモール・フェイセズ、第一期ジェフ・ベック・グループ、ロニー・レーンに代わってフェイセズに加入した山内テツが在籍していたフリー、ケニー・ジョーンズがキース・ムーン亡きあとに参加したフー、ロニー・レーンのスリム・チャンス、そしてローリング・ストーンズ。

さまざまなブリティッシュ・ロックの人脈が交差するファミリー・ツリーの狭間にできあがったようなバンド、それがフェイセズというグループでした。

そう思うと2010年、ボーカルにシンプリー・レッドのミック・ハックネルを、ベースにはかのセックス・ピストルズをクビになったというグレン・マトロックを迎えた再結成フェイセズというものがあっても、それはそれでいいのかもしれない。

「ジャスト・アナザー・ホンキー」の歌詞ではないけれど、そうしたいなら好きにやってみればいい。かつてのフェイセズとはまた違ったソウルフルな英国の抒情が聴くことだってできるのかもしれません。

けれどとりあえずいまのぼくには、闘病の末1997年6月4日に惜しくも永眠してしまったロニー・レインの存在が1960〜1970年代の英国音楽の中で果たした役割と、20年前の奇跡の来日でその片鱗に触れることができた幸福が偲ばれるばかりなのです。








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小池玉緒の歌う「人形劇 三国志」のエンディング・テーマと"Runnin' Away"

2010/05/18 21:20



支那文学の四大古典小説のひとつ「三国志演義」は、近年の「レッドクリフ」などを例に出すまでもなく、いまなおさまざまな形で作品化されて続けているわけですが、ぼくにとっての「三国志」は、まず中学生の頃に読んだ吉川英治の小説。


吉川英治 三国志(一) (講談社文庫)吉川英治 三国志(二) (講談社文庫)吉川英治 三国志(三) (講談社文庫)吉川英治 三国志(四) (講談社文庫)吉川英治 三国志(五) (講談社文庫)
吉川英治「三国志」(講談社文庫版) 全5巻



正直言って、個人的にはそのドラマツルギーにそれほど魅了されたわけではなく、吉川英治の作品の中では「宮本武蔵」や「新平家物語」のほうを好んで読み返したものです。

あえて言えば、数々の名場面よりもむしろこの長編小説のプロローグにあたる部分で、後に蜀漢を興し昭烈皇帝となる劉備玄徳が、広大な支那大陸に悠久の年月にわたって降り注ぐ黄砂によって形成された黄色い大地と黄河の流れに思いを馳せる中、その「黄」の色を旗印に遼原の火のように広がっていく黄巾の乱のようすを綴った、叙景と抒情と叙事の交錯する描写のほうが、強く印象に残っています。


そしてこれを読んでいた頃、ちょうどNHKテレビで放映されていたのが、現在もその完成度が高く評価されている名作「人形劇 三国志」でした。



人形劇 三国志 全集 一巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 二巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 三巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 四巻 [DVD]
人形劇 三国志 全集 五巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 六巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 七巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 八巻 [DVD]

人形劇 三国志 全集 九巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十一巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十二巻 [DVD]
人形劇 三国志 全集 十三巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十四巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十五巻 [DVD]人形劇 三国志 全集 十六巻 [DVD]
人形劇 三国志 全集 [DVD] 全16巻



いまでは全16巻のDVDとなって発売され、30年近く昔の作品でありながら絶賛のコメントが寄せられている作品ですが、当時ぼくがこの番組がテレビで放送されるたびにいつもいちばん楽しみだったのは、実はエンドロールの部分だったのです。



人形劇 三国志 エンドロールのテーマソング



吉川英治「三国志」の冒頭をも思わせる、黄味がかった大地を駆ける騎馬の群像。

同じNHKの「シルクロード」の映像を流用して加工したものとのことですが、その画とあわせて流れる歌と音楽が、たまらなくいい。

まるでラブコメのアニメ・ソングのような歌詞のこの歌が、どうしてこんなに感性を揺さぶってくるのだろう?と、我ながら不思議に思っていたものです。

もちろん、ぼくも時代の子なので、当時流行していたYMOを聴いていなかったわけではありません。

けれど、やがてニール・ヤング経由ではっぴいえんどを聴くようになり、そのソロ活動の変転と系譜をたどるようになってから、たまたま再放送で「人形劇 三国志」を見ていて、その音楽のクレジットに「細野晴臣」の名を見つけて、ものすごく納得してしまったのは、それから数年後のことでした。





この「三国志ラブ・テーマ」を歌った小池玉緒という人のことを、すっかり忘れてしまっていましたが、やはりYMOと絡んで「鏡の中の10月」という曲をリリースしていたり、いくつかのテレビCMに出演したりしていたそうです。

そんな彼女の未発表トラックがYou Tubeにあるのを、たまたま大好きなスライ&ザ・ファミリー・ストーンの傑作アルバム「暴動(There's a Riot Goin' On)」の収録曲"Runnin' Away"を探していて、見つけてしまいました。



You Tube 小池玉緒 / ラニン アウェイ (1983)



もとより、このカバー・ヴァージョンの方がいい、などと言うつもりはありません。

というのは、原曲があまりにも最高だからです。





けれど、オリジナルの歯切れがよくキュートで小粋な感じを絶妙にやわらかくアンニュイな雰囲気に傾斜してみせて、独特な雰囲気を作り出すことに成功した佳い出来だと思います。







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トクマルシューゴの待望の4thアルバム「PORT ENTROPY」に寄せて

2010/04/26 01:54




トクマルシューゴ「PORT ENTROPY」フライヤー



このブログに「トクマルシューゴ - Rum Hee」の記事を書いて、気になるアーティストとしてご紹介させていただいたのは昨年の7月のこと。

http://timeandlove.at.webry.info/200907/article_4.html

その末尾に書いた部分には、ぼくの容姿をよく知る人たちから口々に「ほんとうに似てる」「そっくり」「本人じゃない?」といった反響をいただいてしまったものです。

それはともかく、その後数ヶ月の間にSONY「VAIO」 CMやバンクーバー・オリンピックのスポット広告での楽曲起用、それに何よりも「無印良品」のBGMで、トクマルシューゴの音楽を耳にしない日はないくらい、おそろしい勢いでメジャーな存在になってしまいました。

10月には吉祥寺の銭湯「弁天湯」でのイベント「風呂ロック」に出演したのを観に行くことができた葉子たちから、やっぱりライブがすごくいいという報告をうらやましく聴きながら、時にはテーマ音楽を手がけているNHK「ニャンちゅうワールド放送局」に出演しているのも欠かさずチェックして、アルバムの完成を楽しみにしていたのです。



ニャンちゅうワールド放送局ーゴーシュ



ちなみに、この「ニャンちゅう」での役名「ゴーシュ」のことを、ぼくはずっと宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」が出典だとばかり思っていたので、最近になってシューゴのズージャ語読みとのダブル・ミーニングだったことに気づきました。

それにしても、トクマルシューゴの音楽の魅力はいったい何だろう?

「だれにも似てなくなくなくなくない♪」と歌う「ニャンちゅう」のエンディングのように、ぼくがこれまで聴いてきた音楽の何かに似ているようで、何にも似ていない。

でもやっぱり、何かに似ているような気もする。

大雑把に、かつての「渋谷系」のリバイバルみたいに言われることもあるようですが、ぼくにはそんな気がしない。

その音楽をどこに位置づけたらいいのか思いあぐねながら、3月には自らオープニング音楽を担当しているNHK「トップランナー」に出演しているのを見て、ちょっとヒントを得たような気がしました。





ホームセンターを訪れて灰皿や植木鉢や食器やらを楽器に見立てるトクマルシューゴ。

スコップを叩いて、「もうちょっと錆びてたほうがいい」とか言いながら物色する彼のリズムに、ぼくは身に覚えがあるような気がしたのです。

それはもう20年くらい前ボ・ガンボスのライブで手のひらが腫れるくらい手拍子を打った記憶のある、ボ・ディドリーのジャングル・ビート、ニューオリンズのセカンド・ラインを思わせるリズムだったのです。

ことさらに、トクマルシューゴの音楽が、直接そんなルーツ・ミュージックを核としていると言いたいわけではありません。

けれど、むかしブルース・インターアクションズ=Pヴァイン・レコードのカタログを宝物の地図のように眺めて、ただ無邪気に未知のリズムを探し求めていた少年の頃のような気持ちにさせてくれるのが、トクマルシューゴの音楽の本質的な楽しみなのだと気づいてしまったのでした。


Gumbo Ya Ya - NewOrleans R&B Hit Parade



たとえば、「ニューオリンズ・ヒット・パレード〜ガンボ・ヤ・ヤ」というLP2枚組の好編集のコンピレーション盤を入手した時など、その中に詰まった音のすべてを浴びるように聴くことが、ただ喜びに満ちあふれていて、ものすごくステキなおもちゃ箱を手に入れた子供のようにうれしくなってしまったことを思い出します。

そしてその中に収められた60年代ニューオリンズのヒット曲の数々は、はかりしれない影響力をポップ・ミュージック・シーンに与えた、発掘されたばかりの宝石の原石のようなものでもありました。


トクマルシューゴのCDの発売元が、かつてブラック・ミュージックを通してぼくらにそんな喜びを与えてくれたPヴァイン・レコードであることが、偶然なのかどうかはわかりません。

けれど、待ち望んでいたトクマルシューゴの新しいアルバム「PORT ENTROPY」も、様々な楽器が織りなすホンキー・トンクな音程と躍動感たっぷりの不思議なリズムとが、どこまでもポップに仕上げられた、期待以上にステキなオモチャ箱みたいな1枚となってぼくらの前に届けられたのです。

そのCDを聴き終えたときの気持ちは、ちょうどむかし「ガンボ・ヤ・ヤ」を聴き終えたときの興奮とそっくりでした。





Twitterでサニーデイ・サービスの曽我部恵一さんのツイートをフォローしていたら、ニューオリンズ・クラシック・チューンがぎっしりつまったドクター・ジョンの名盤 「GUMBO」を評して、「"IKO IKO"と"BLOW WIND BLOW"を繋ぐピアノが美しい。野蛮と洗練を極めた倒錯的世界観。」とつぶやいていたのが印象に残りました。

野蛮と洗練を極めた倒錯的世界観。

あるいはトクマルシューゴの音楽の魅力も、そんなところにあるのかもしれません。

そして、かつてのニューオリンズR&Bがそうであったように、音楽そのもののアイデアの源泉として、この「PORT ENTROPY」というアルバムが2010年代のマスターピースとなるような予感さえしているところなのです。


関連ニュース - 曽我部恵一×トクマルシューゴの対談公開
http://www.barks.jp/news/?id=1000060085










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Amarcord Nino Rota - ハル・ウィルナーのフェリーニの映画音楽作品集

2010/04/19 01:31



ごく私的に、1990年代のベスト・アルバムが前回触れたサニーデイ・サービスの「東京」とするなら、ぼくがリアル・タイムで聴いた1980年代の音楽の中でいまだに最高だったと思っているのはマリアンヌ・フェイスフルの1987年作品「ストレンジ・ウェザー」です。





このおそろしく魅力的な憂鬱に満ちあふれたアルバムについても、やはりぼくはフリーペーパー「献血劇場」誌上に連載していた「雨の日の女」で取り上げたことがあって、その原文はまだwebにも掲載していないのですぐには参照できないのですが、たしかルイ・フェルディナン・セリーヌの小説「夜の果てへの旅」の印象的な一節を引用して綴った記憶があります。



「列車が駅にはいった、機関車を見たとたん、僕はもう自分の冒険に自信がなくなった。僕はやせこけた体にあるだけの勇気をふるってモリーに接吻した。こんどばかりは、苦痛を、真の苦痛を覚えた。みんなに対して、自分に対して、彼女に対して、すべての人間に対して。

僕らが一生通じてさがし求めるものは、たぶんこれなのだ。ただこれだけなのだ。つまり生命の実感を味わうための身を切るような悲しみ。」

セリーヌ / 生田耕作・訳 「夜の果てへの旅」





今にして思えば、「ストレンジ・ウェザー」という1枚のレコードが、マルティン・ハイデッガーより、柳田國男より、つげ義春よりも先に、16歳のぼくにはじめて「実存」という概念を感じさせてくれたのかもしれません。

そんな奇跡的なアルバムをプロデュースした人物として、ハル・ウィルナーという音楽家の名前はぼくの記憶にありました。


もうひとつ、「生命の実感を味わうための身を切るような悲しみ」を感じさせてくれるような作品を、映画の中に探すなら、やはりこれまでにも何度か触れたフェデリコ・フェリーニの名作「道」をあげることになります。





フェリーニの映像美も世界観も、ジュリエッタ・マシーナとアンソニー・クインの演技もちろんすばらしい。

けれどそれに劣らず重要な役割を果たしているのが、「フェリーニの『道』のジェルソミーナのテーマ」でも書いたように、その哀切な音楽なのだと思います。


最近になって思い当たったのですが、いくつもの傑作トリビュート・アルバムのプロデューサーとして評価されているハル・ウィルナーが最初に手がけていたのが、そのフェリーニの映画音楽を手がけたニーノ・ロータの作品集でした。





You Tube - Hal Willner - Nino Rota Medley
http://www.youtube.com/watch?v=_Jztf-lPaTY


You Tube - Hal Willner - Nino Rota's " La Strada "
http://www.youtube.com/watch?v=VKS40GN3big



"Amarcord Nino Rota (I Remember Nino Rota) "と題されたこのトリビュート・アルバムが発表されたのは1981年。

1979年に亡くなったニーノ・ロータの追悼盤という意味合いも込めて製作されたにちがいないこの作品は、1980年代の半ばに日本コロムビアから、そして1990年頃にMIDIレコードからCD化されていたようですが、気がついてみると今では入手困難となってしまっているようです。

そんな状況の中で、奇しくもぼくが最近このブログで取り上げたサニーデイ・サービスゆらゆら帝国をはじめとする、価値ある音源を有するMIDIレコードのリマスター音源発売を熱望するリクエストの声が、Twitterで賛同を集めているのを見かけました。

http://twitter.com/timeandlove/status/12337657338


矢野顕子も、ローザ・ルクセンブルグも、ぼくにとってはきわめて思い入れの深いアーティストで、そのことはまたいつか別の機会に綴ることがあるかと思います。

けれど今は、かつて迂闊にもちょっとおしゃれな映画音楽のジャズ・アレンジ作品みたいに思って入手しそびれていた、このハル・ウィルナーのニーノロータ・トリビュート作品の再発売を切望していることを特筆せずにはいられません。








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「本日は晴天なり」 - 10年ぶりのサニーデイ・サービス

2010/04/17 13:23



サニーデイ・サービスのメジャー・デビュー・アルバムが発売されたのは1995年4月21日。もう15年も前のことですが、その発売前日、レコード屋さんに入荷したばかりのこのCDジャケットを目にした時のことを今でも憶えています。





1990年代のど真ん中で、はっぴいえんどの「春よ来い」のニール・ヤングみたいに野太いギターの音に痺れながら、永島慎二の「漫画家残酷物語」を読み、林静一の「赤色エレジー」のような作品を描くことができたらと憧れている。

そんな反時代的生活を送っていたぼくにとって、そのCDのなんともアナクロで冴えないイラストとタイトルは、「ああ、こんなところに仲間がいたんだ」と直感させるに十分なものだったのです。

偶然このアルバムを購入していた葉子からその音を聴かせてもらって、その直感が確信に変わったのはもう少し先のことでしたが。


翌1996年、セカンド・アルバム「東京」の発売前日のこともよく憶えています。

やはりレコード屋さんに入荷したばかりのこのCDを、ぼくの嗜好をよく知っている友人の店員が、「稲村くん絶対にこれ好きだよ〜」と言いながら、さっそく店頭でかけてくれました。





店内に響き渡る1曲目「東京」のイントロ。ぼくにとって1990年代のベスト・アルバムが決定した瞬間でした。


サニーデイ・サービス「東京」について、フリーペーパー「献血劇場」誌上に連載していた「雨の日の女」で取り上げてみたのは2000年のこと。


雨の日の女 その36 / サニーデイ・サービス「東京」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kenketsu/rainyday_36.html



このページに綴ったように、1990年代の後半のぼくは日々、神田神保町の街へ出て、いつもサニーデイ・サービスのメロディと一緒に、フリーペーパー「献血劇場」に掲載する絵と文を思い描きながら暮らしていたのです。

ちなみに、文中に出てくる眼鏡屋さんとは神田神保町一丁目、明治12年創業の三鈴堂眼鏡店のこと。

古本屋さんの立ち並ぶ靖国通りにあって、ショーウィンドウのジョン・レノンの肖像がいつも気になってしまうこのお店を背景に撮影されたサニーデイ・サービスのシングルのジャケットもあって、同じ時代に、同じ街をうろついている仲間への親近感がますますわいてきたものでした。





実はそのころ、やはり神保町の街で、何度か曽我部恵一さんご本人に接触したこともあります。

いくつか事務的な言葉を交わしながらも、「サニーデイ・サービス大好きですよ」などと言い出すこともできず、ただ胸の中に彼の歌詞がフィードバックしてくるばかりでした。


そっちはどうだ上手くやっているか?
こっちはこうさどうにもならんよ
いまん所はそんな感じなんだ



ようするに、サニーデイ・サービスとはぼくにとっての「青春狂走曲」だったのです。


サニーデイ・サービスが解散してしまったのは2000年の暮れ。

ぼくにとっても、同じころに編集したフリーペーパー「献血劇場」vol.38が、最後の号になってしまっていました。


それから10年の月日が流れて、もうそんな日々のことが夢のように思い出されるばかりになってしまった今では、「献血劇場」などのことを知らず、ぼくのことをあるいはマトリョーシカ作家とか、Tシャツ・デザイナーとか、あるいは古めかしい文章で神社や国史について綴るライターとして認識される方が多くなってきたようです。

それでもまだ時おり、むかし「献血劇場」を読んでいました、と言ってくださる方に出会うと、何とも言えない甘酸っぱい気持ちがしてしまい、それはちょうどサニーデイ・サービスの音楽を聴いている時の感覚と重なるような気がします。





2010年4月21日には、再結成したサニーデイ・サービスのアルバム「本日は晴天なり」がリリース。

それはちょうど15年前、「若者たち」が発売されたのと同じ日。

ここでまたぼくは、なんだか甘酸っぱい思いでその音を待っているところなのです。







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坂本慎太郎さんからの電話 - ゆらゆら帝国の解散に寄せて

2010/04/01 02:56



ゆらゆら帝国 ARE YOU RA?




1990年代の初め頃のこと。「ゆらゆら帝国」という変な名前のバンドがおもしろいよ、と教えられたとき、ぼくはその名前に覚えがありました。

少し前に読んだ雑誌「宝島」のネオ・ヒッピー特集号に掲載されていた小さな記事で、貧乏暮らしをしている美大生としてとりあげられたアングラ風な青年が、そんな名前のバンドをやっている、と紹介されていたことが、なぜか印象に残っていたのでした。


はじめてゆらゆら帝国のライブを観たのは、たしか1992年の新宿ロフトだったと記憶しています。

当時は四人編成で、ウィキペディアには「天然パーマ」と書かれている坂本慎太郎さんもまだストレートの長髪でSGをかき鳴らし、有名になってからの独特なたたずまいとはまた別の異形な雰囲気を醸し出してぼくらの目の前に現れたゆらゆら帝国。

対バンのメンバーやスタッフなどを除けば、客席には人影もまばらでした。

けれどその音楽はほんとうにすばらしいもので、ぼくはすっかり夢中になってしまったのです。





当時のアンダーグラウンド・サイケデリック・ロック・シーンのなかのバンドのひとつとしても、もちろんすぐれている。

けれど決してその枠の中にだけに収まらず、リリカルな言葉のセンスに満ちあふれていて、ソウルフルでファンキーな黒いリズム感が圧倒的に突出している。エンターテインメントとしてもものすごく楽しい。しかも美しい。


こんなバンドがあったんだ、という驚きと興奮でその後も何度もライブに足を運び、ある日ついに、坂本慎太郎さんにひとつのお願いを持ちかけてしまいました。

それは、当時ぼくらが創刊して間もなかったフリーペーパー「献血劇場」の別冊として、ぼく自身の漫画作品を特集した小冊子を発行したばかりでしたが、その第2号で、ゆらゆら帝国と坂本さんの詩とアートの世界を特集させていただけませんか?というお願いでした。

もちろん坂本さんご自身はまったく憶えてもおられないだろうとは思いますが、ぼくの勝手なお願いに応えて、坂本さんみずからわざわざぼくに電話をかけてきてくださったのです。

ぼくらの期待に応えられるのかどうかわからないので、と申し訳なさそうな坂本さんにそれ以上無理強いすることはできず、結果的に実現することはなかったのですが、最後におっしゃっていただいたことを今でも憶えています。

「稲村さんの作品も拝見したんですけど・・・稲村さんは稲村さんの世界をお持ちのようだし、そちらを追求していってほしいと思うんですけど・・・」

朴訥とした感じだけれど、この人はほんとうに真摯な人なんだな、と思わされる口調でした。

そして、坂本さんはこれからもずっと坂本さんの世界を追求していくんだろうな、と思ったのです。





それから20年近い歳月が流れて、1998年のメジャー・デビューで陽の目を見て以後は想像した以上にポップな展開も見せて、人気と評価を獲得したゆらゆら帝国。





ゆらゆら帝国の公式ホームページに掲載された「突然ですが、ゆらゆら帝国は2010年3月31日をもちまして、解散することになりました。」という坂本さんのコメントを目にして、あのときの電話の声を思い出しました。


ゆらゆら帝国は、結成当初から「日本語の響きとビート感を活かした日本独自のロックを追求する」という変らぬコンセプトを基に活動を続けてきました。
同時に、アルバムごとに過去のイメージを払拭し、更新し続けることを自らに課し、時にはバンド形態すらも壊すことによって、常に自分達の演奏に向かう新鮮な気持ちや、緊張感を保ってきました。
そしてアルバム「空洞です」とその後のライブツアーで、我々は、はっきりとバンドが過去最高に充実した状態、完成度にあると感じました。
この3人でしか表現できない演奏と世界観に到達した、という実感と自負がありました。

しかし、完成とはまた、終わりをも意味していたようです。

解散の理由は結局、「空洞です」の先にあるものを見つけられなかったということに尽きると思います。
ゆらゆら帝国は完全に出来上がってしまったと感じました。
昨年は、新曲を作ったり、旧曲のライブアレンジで新たな試みをすることで、
なんとかこの出来上がってしまった感、安定感を打破しようと試行錯誤したのですが、結局自分達の中で、次ぎのアルバムに繋がるようなワクワクする感覚を得ることはできませんでした。
今年に入ってから、メンバーで話し合った結果、「この3人で、やれることは全てやり切った。」「これ以上続けてもルーティンワークになるだけだ。」という結論に達し、メンバー全員納得して、バンドを解散することに決めました。
http://www.yurayurateikoku.com/



坂本慎太郎さんは、いまでも坂本さんの世界を追求してた。そしてこれからもずっと追求していくんだろうな、という感慨がこみあげてきました。





あらためて、ぼくはぼく自身の世界を追求しなければならないと思い出させてくれた坂本さんと、同時代に出会えたステキなバンドの21年間に感謝したいと思います。


http://www.barks.jp/news/?id=1000059771






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The Times They Are A Changin' - 続 ボブ・ディランの来日公演に寄せて

2010/03/22 23:41



ぼくがボブ・ディランのライブを観たのは1994年、3度目の来日のときのことでした。

そのときの演奏で、いまでも印象に残っているのは、"The Times They Are A Changing"。

「時代は変わる」という、時代が変わっても変わらない真実を歌った1964年のヒット曲を古色蒼然としたたたずまいで歌うボブ・ディランと彼のバンドを観ながら、自分がいま見ている光景が1970年代のローリング・サンダー・レビューなのか、1960年代のグリニッジ・ビレッジのカフェなのか、あるいは中世の漂白の吟遊詩人なのか、古代のユダヤ教の儀式なのかわからなくなってしまうような、異様な感覚におちいってしまったのです。



The Times They Are A-Changin' (Piano Version) - Bob Dylan



子どものころ、この歌をはじめて聴いたときのショックをいまでも憶えています。

このお経のようなのが歌なのだろうか?

へたくそ、とかいうより、そもそもどんなふうにリズムをとっているのか見当がつかない。





後になって、溺れるようにボブ・ディランの音楽を聴き続けて気付いたのは、そのきわめて独特なリズム感こそが誰にも真似のできない彼の本質だったということでした。

あるいはバレエ「春の祭典」の、めまぐるしくリズムが変わる楽曲に困惑するダンサーたちに、さらに不可解な振り付けを指導したことでついには作曲家ストラヴィンスキーとも対立し、誰にもその天性のリズム感を理解されなかったというヴァーツラフ・ニジンスキーと、その点でも共通するものがあったのかもしれません。



Come writers and critics
Who prophesize with your pen
And keep your eyes wide
The chance won't come again
And don't speak too soon
For the wheel's still in spin
And there's no tellin' who
That it's namin'.
For the loser now
Will be later to win
For the times they are a-changin'.

さあ来てくれ、作家や評論家たちよ
ペンを以って未来を予言する者たちよ
目を大きく見開くんだ
チャンスは二度と来ない
あわてて発言しないことだ
時の車輪はまだ回っている
それがどのように名づけられるか
誰もわからないのだから
今の敗者も後には勝者になる
なぜなら時代は変わるものだから



「時代は変わる」の歌詞を読んでみると、たとえば1913年の初演時に想像を絶する嘲笑と罵倒をうけながら、結果的に20世紀芸術史上の画期とも評価されることになった「春の祭典」のことに思い当たります。

当時フォーク・ソングとりわけプロテスト・ソングを支持していた人々といえば、ようするにスクエアな左翼だったわけで、1950年代の赤狩り以来虐げられてきた日本で言うところの「進歩的知識人」の立場をこの歌が擁護してくれるように思ったはず。

けれど、1966年の「ロイヤル・アルバート・ホール」でこのユダヤ人の歌手に"Judas"と罵声を浴びせたのは、まぎれもなくその中の一人でした。

自分たちが社会に受け入れられないのはその進歩性のゆえと考えていた聴衆の立場を、「春の祭典」初演時にブーイングを浴びせた半世紀前のパリの守旧派のそれと同じものに転倒し、「どんな気がする?」と歌ってみせるボブ・ディランのパフォーマンス。








1994年に観たボブ・ディランは、「ロイヤル・アルバート・ホール」の戦慄からも、「ローリング・サンダー・レヴュー」の咆哮からも、あまりにも遠くかけはなれた息も絶え絶えの声でボソボソと歌う老人、といった風情でした。

けれどいま思い返すとそのときの「時代は変わる」を歌うディランは、「奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」と吟じて諸行無常を説いた平家琵琶の法師のようでもあり、ヘブライの預言者のようでもありました。


変転する歴史の中で、ほんとうの意味でラディカルであることとはどういうことなのか?

もう一度思いをめぐらせずにはいられないのです。







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ロイヤル・アルバート・ホール 1966 - ボブ・ディランの来日公演に寄せて

2010/03/21 12:10



前回取り上げた「イーゴリ・ストラヴィンスキーとヴァーツラフ・ニジンスキーの『春の祭典』」について、なによりぼくにとって印象深いのは、"Le massacre du Printemps" 「春の虐殺」とまで皮肉られたこの「春の祭典」初演時の混乱と喧噪のようすが、ボブ・ディラン「ロイヤル・アルバート・ホール」のライナーノーツの冒頭に引用されていたことです。


1913年、ロシアの作曲家ストラビンスキーのバレエ音楽「春の祭典」が、ディアギレフのバレエ・リュッセの公演で、ニジンスキー振付によってパリで初演された。
だが、ストラビンスキーがこの作品で使用した、12音階とそれまでのバレエ音楽にあてはまらない自由な構成は騒ぎを、いや、暴動を引き起こした。
客はいっせいに立ち上がり、大声で叫び、オーケストラの音をかき消してしまった。
客はストラビンスキーの作品を、「芸術である音楽を破壊する冒涜的試み」と決めつけ、上演中野次を飛ばし続けた。






・・・コンサートの後半、ディランはモッズ服に身を包み、先の尖ったブーツをはき、5人編成のバンドをしたがえてステージに立った。
そして自らエレクトリック・ギターを弾きながら、光り輝くロックンロールを歌った。
ディランが歌っている間も、会場内から野次が絶え間なく飛び続けた。
そして最後の曲の前に、聴衆の一人が「ユダ(裏切り者)!」と大声で野次った。
ディランは「おまえの言うことなんて、信じない!」とその野次に答えると、バックバンドを振り向き「でかい音で演ろう!」と告げた。
すぐにドラムズのミッキー・ジョーンズがスネアドラムをライフル銃のように打ち鳴らすと、残りのザ・ホークスの面々が「ライク・ア・ローリング・ストーン / Like A Rolling Stone」の演奏をはじめた。
「どんな気がする」とコーラス部分をくりかえし歌うディランのヴォーカルには、ベルベットのように密かな軽蔑がこめられている。
バックバンドは熱のこもった演奏を続ける。
これほど挑戦的で独善的な演奏を収めたテープはほかにないだろう。



この「春の祭典」初演時のセンセーションになぞらえて語られるもうひとつの20世紀芸術史のエポックについては、もうずっと前に、「フリーペーパー文化誌「献血劇場」に連載していたエッセイ「雨の日の女」の中で綴ったことがありました。



雨の日の女 その31* ジャン・コクトー「恐るべき子供たち」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kenketsu/rainyday_31.html



これを書いた頃は、ボブ・ディランのこの伝説的なステージ、「ふるえてしまいそうな名場面」が、まさか映像で残されているなんて夢にも思いませんでした。




Bob Dylan / Judas! / Like a Rolling Stone



ニジンスキーの踊りも、彼自身が振り付けたバレエの舞台も、動画として撮影された映像は現存していないそうです。

つまり、いまこの時代に生きている世界中の誰も彼の舞踏を見ることができないままに、その神話だけが語り継がれているのです。

けれど、かつてはそれと同じように伝説の中の出来事と思っていたボブ・ディランのライブはマーティン・スコセッシ監督の映画「ノー・ディレクション・ホーム」で公開され、こうして観ることができるようになったのです。

そうして、ぼくはやっぱり、いまでも、フェンダー・テレキャスターをかき鳴らす彼の姿にただうちのめされてしまいます。





三度目の来日公演となった1994年、ぼくがはじめてボブ・ディランのライブを観に行くことになったとき、当時はまだ正規にリリースされていなかったため海賊版でしか聴くことができなかったこの「ロイヤル・アルバート・ホール」のブートレグ・レコードを繰り返し聴きながら、思いがたかぶってくるのを押さえきれなかったものでした。

ぼくらはアルチュール・ランボオに会うことはできなかった。けれど、ボブ・ディランをこの目で見ることができる、と。


2010年3月、いままた日本に来ているという68歳のボブ・ディランのことを思うと、そんな気負った気持ちを思い出してしまうのです。







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タイトル 日 時
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2009/02/16 02:36
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may the good Lord, shine a light on you ... 昨年暮れのことですが、マーティン・スコセッシ監督作品「ローリング・ストーンズ〜シャイン・ア・ライト」を観てきたので、その感想をここに書き留めておきます。 ...続きを見る

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2009/01/28 11:59
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マトリョミン♪ 世界最古の電子楽器とも言われる「テルミン」というロシアの不思議な楽器。 ...続きを見る

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they're all wasted ! この11月、ぼくは結局観に行くことができませんでしたが、the Whoの単独来日公演がついに実現しました。 ...続きを見る

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2008/11/29 11:12
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a X'mas Gift for You 今年もそろそろそんな季節、と思って、レコード棚の中から"A Christmas Gift for You from Phil Spector"を取り出してみました。 ...続きを見る

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2008/11/21 23:53
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粉と指  ニール・ヤング - Powderfinger 二十歳くらいの頃のこと、だからもうずいぶん昔の話です。ぼくと同じような音楽を聴いている友達の男の子と、当時彼とつきあっていた女の子がいました。 ...続きを見る

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猫力 キャット・パワー - JUKEBOX キャット・パワーの"Jukebox"は、この一年くらいの間に発売された新譜で唯一、ぼくが自分で購入して愛聴するに至った一枚です。 ...続きを見る

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2008/11/03 11:39

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