◆◇◆ 薬箱手帖 ◆ 稲村光男抒情画工房 ◆◇◆

アクセスカウンタ

help RSS 薩摩の国のアリスたち 〜ルイス・キャロルと島津斉彬の少女写真

<<   作成日時 : 2010/01/23 14:02   >>

トラックバック 0 / コメント 0




「不思議の国のアリス」の作者としておなじみのルイス・キャロルこと、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンといえば、その文学の仕事と並んで、黎明期の写真芸術史を彩る数々の作品を残していることで知られています。





なかでも、「アリス」の物語のモデルとなった実在のアリス・リデルとその姉妹たちを写した少女写真のイメージは、150年を経た今もなお、あまりにも印象的なものでした。





その写真集のページを繰っていてふと思いついたのは、彼がこの作品を残した大英帝国のビクトリア朝はちょうど本朝の幕末にあたり、実用化されて間もない写真技術が開国したばかりのわが国に伝来しはじめた頃だったのでは?ということでした。

そして、子どものころ、「日本にはじめて写真機を輸入したのは、鹿児島薩摩藩の島津斉彬(しまづなりあきら)という大名で、その肖像写真が日本初の写真でした」、ということを啓蒙的な科学技術の歴史の本で読んだことがあるのを思い出したのです。


島津斉彬
贈正一位 島津齋彬公 1809-1858



日本の武家の中でも屈指の名門で、「島津に暗君なし」と謳われた歴代の当主の中でもとりわけ名君として知られ、集成館事業を興し富国強兵をなしとげ、下級武士出身であった若き日の南洲翁・西郷隆盛吉之介らを登用し、明治維新と近代日本の礎を築いた島津斉彬という方は現在、照国大明神として鹿児島市に鎮座する照国神社にお祀りされています。

順当に行けば徳川の天下に取って代わり、ことによると「島津幕府」を開くこともできたかもしれない大人物であったと、いまは思います。

けれど、ぼくが最初に島津斉彬の名を知ったのは、当時ヨーロッパでも最先端機器であったカメラを輸入し、写真撮影に凝ったハイカラ好きなお殿様としてであって、いまだにちょっとそのイメージが残っているのです。

厳密には、尚古集成館所蔵の1857年の島津斉彬肖像写真より少し前、二度目のペリー来航時1854年に撮影されたという浦賀奉行与力・田中光儀像が日本最古の写真として平成18年に重要文化財の指定を受けていますが、日本人としてはじめてカメラを手にしたばかりの島津斉彬公は、他にいったいどんな写真を残しているのでしょう?

好奇心がわきおこって調べてみると、こんな画像を見つけました。




島津斉彬みずから撮影したものと伝えられるこの3人の少女の写真は、斉彬公の娘たちの肖像で、左より典姫(のりひめ)、暐姫(てるひめ)、寧姫(やすひめ)。

一昨年、宮アあおい主演の大河ドラマでその名が知られた天璋院篤姫は島津斉彬公の養女となった方なので、写真の少女たちは篤君の妹たちということになります。

さらには、今上天皇陛下の母方の祖母にあたられるお方が斉彬公の養子となった薩摩藩最後の藩主・島津忠義公爵の令嬢であったというご縁故からも、彼女たちが日本でもとびきり高貴なお姫様であったことがうかがえます。

撮影されたのは1858年頃、つまり海の向こうのイングランドでルイス・キャロルがリデル家の姉妹たちを写真に収めていたのとちょうど同じころです。

アリスとまさに同時代の、同じくらいの年頃の少女たちのあどけない表情が、薩摩の国で写真に写されていたこと。

そしてそれが日本写真史の最初のページに残されていたことに、なんだかちょっと不思議な気持ちになってしまいました。








[あとで読む] 




テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
薩摩の国のアリスたち 〜ルイス・キャロルと島津斉彬の少女写真 ◆◇◆ 薬箱手帖 ◆ 稲村光男抒情画工房 ◆◇◆/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]